「うまくなろうとしなくていいよ」

と僕は常々発信したり、レッスンのときに言ったりしています。

 

でも、これをいうと

「頭ではわかるんだけど、やっぱりうまくなろうとしてる自分がいます」

みたいなことを言われます。

 

 

で、この返事をするときに僕にはいくつかのパターンがあります。

それを大別すると以下の2つ。

 

 パターン1
そうなんですね、じゃあ、徹底的にうまくなりにいきましょう!

パターン2
それでもうまくなるの諦めたほうが良いよ

 

 

明らかに矛盾してますよね笑

 

 

でも、ここにはちゃんと意図があります。

 

 

何で見分けているかというと

前提です。

 

うまくなりたいという気持ちの奥に何が隠れているのか?

という部分で見分けています。

 

 

つまり、「うまくなりたい」という気持ちには大別すると

 

純粋にうまくなった自分を見てみたい

 

というのと

 

他の目的がある

 

 

という2つの前提があるのです。

 

 

純粋にうまくなった自分を見てみたい場合は、うまくなろうとするとうまくなります。

これは単純。

 

 

でも、他の目的がある場合。

こっちが複雑。

 

例えば、うまくなりたいのは実は「恥をかきたくない」という場合。

これは自分の演奏を受け入れてほしいわけです。

 

でも、どれだけうまくなっても恥をかかされるときはあります。

人に下手くそ呼ばわりされることもあります。

 

逆に大して練習してないし、結果ミスりまくったのに

なぜか、感動されることもあるんです。

 

つまり、

うまさと承認は関係ない

ということです。

 

 

でも、恥をかきたくないとき大体の人は技術を高めようとします。

そうするとまるで恥をかかないかのように。

 

これは自分が技術力の高さで音楽をジャッジしているからです。

 

 

だから、こういう場合は、

技術力があることが本当に承認につながるのか?を考えながら

練習せずにお披露目してみたら良い

 

それはそれは怖いでしょう。

でも、怖ければ怖いほどやってみるのがおすすめ。

意外と受け入れてくれる人が出てくるのです。

 

この経験が「下手くそでも楽しく弾いて良い」という前提を作るのです。

この経験が「自分らしくあって良い」という前提を作ります。

結果、楽しく音楽をやることになり、楽しく生きることに繋がるのです。