長女は僕に似てしまい、運動神経がクソレベルに悪いです。

 

まぁ、それでも生きていける、たくましく生きていくのだ、とお父さんはいつも心の中で思っているのですが。

 

 

そんな彼女をプールに連れて行った時のこと。

 

 

最初は回るプールで浮き輪をつけて遊んでました。

夏の猛暑もここまで来たら死んでまうと思ってプールに来たのですが、プールの水が湯になってました。

 

 

「これはもはやプールではなく銭湯やな」

とかいいながら子供に返って一緒に遊んでました。

 

 

でも、流石にくるくる何周もプールを回っていると飽きてきた模様だったので、周りを見渡すと違うプールがある、ということだったのでそっちへ向かいました。

 

 

 

行ってみると競泳用のプールだったみたいで仕掛けも何もありません。

 

 

「あー、普通のプールやな」

と娘に言うと

「泳ぎの練習する」

というではありませんか。

 

 

「うん・・・・俺、泳げんけどいいんかな」

内心そう思いながら競泳用のプールに入りました。

 

長女はまだ泳ぎの種類もしらないので、

僕のドヘタクロールとド下手平泳ぎを見せました。

 

 

すると「やりたいやりたい」というので僕なりに教えてみるのですが、やはり泳げない人間の教えることだけに上手く伝わりません。

 

 

そしたら嫌になってきたのかして

「他には無いの?」

というからバタフライと背泳ぎがある、というとまた見せろとせがむではありませんか。

 

 

流石にこれはやったこともないし、出来ないというと

「いいからやってみてよ」

と。

 

 

んな無茶な、と思ったのですが、背泳ぎの方が簡単そうだったのでやってみたんです。

 

 

すると・・・・

ちゃんと身体が浮くではありませんか。

 

 

そして・・・

なぜか進むではないか。

見よう見真似でやっているだけなのに。

 

 

娘が

「お父さん、出来るやん、私もやりたい」

と驚いてましたが、一番驚いていたのは僕なわけです。

 

 

どういうメカニズムかは知りませんが、こんな風にして

時間が状況を善くする事があります。

 

 

 

これはギターも同じ。

 

「練習しなければ」

と無理に身体を動かしてもダメなときはダメ。

 

 

むしろ、

「今できなくても良いや」

と一旦脇において他の事をやる。

 

 

で、思い出したときに戻ってくる。

 

すると出来る。

 

 

こういうことは頻繁に起こるのです。

 

 

え?

起こらないって?

自分には起こったことがないって?

 

それはそれだけ結果に執着しすぎなのかもしれません。

 

そういうときは違うことをやりましょう。

 

 

 

いつも言ってる事ですが

どーせ弾けます

 

 

 

どーせ弾けるのだから余裕かましてて良いわけなんです。

 

だから、安心してその時の流れに身を任せましょう。

 

 

それだけでギターは随分楽しく、楽になるし、ちゃんと実力もついて可能性も広がりますよ。