昨日の夜、1人スマホを片手にリサーチをしていました。

 

あ、リサーチといっても仕事のリサーチではありません。

 

 

明日、食べに行く予定のラーメン屋のリサーチです。

 

嫁さんが学生時代の友達と会うからその送迎をするために奈良を離れるからです。

 

 

リサーチしていると僕の感覚に引っかかるワードがありました。

 

ガチンコ

 

そう、あの番組である。

「やらせ」とか色々いわれたあの番組。

 

僕は当時、別に特別見たいわけでもなかったのにクセになって見ていた番組です。

 

その番組の企画に「ガチンコラーメン道」というのがありました。

 

 

そのときに出てた店だと言うではないか。

 

「これは行かねば・・・」

 

珍しく僕の欲望センサーにスイッチが入りました。

 

 

で。

そこに、さっき行ってきたところです。

 

 

肝心のお味はというと・・・

ふとぅー

だった。

※まずいということでは決してありません。絶対うまいという人は多いはず。

 

 

で。

ここで気づいたのは、

あぁ、俺のラーメン基準は多分高いんだな

ということでした。

 

 

 

実は奈良はラーメン激戦区なんです。

色んなところがプチ激戦区みたいになっているんですよね。

だから、そこで生き残った店で食べることになる。

 

すると・・・

基準が上がる。

 

 

基準が上がる、ということは良し悪しがあります。

視点がマニアックになって専門家みたいになっていく、といういい部分がある。

だから、もし、僕がラーメン屋をやっているなら基準が上がることは決して悪いことではありません。

 

でも、いちユーザーとしてならそんじょそこらじゃ満足できなくなります。

つまり、幸せ指数みたいなものは下がる、というデメリットがあります。

 

 

 

実はこれ、音楽もそうでして。

 

手っ取り早くうまくなりたいなら、自分が心地良いと思う音楽に浸ればいいんです。

 

 

普段からいいと思えるものしか聞かないようにする。

好きなミュージシャンはインタビューまで目を通す。

うまいやつと一緒に演奏する。

 

 

こんな感じでやると多分細かい練習方法云々をしらなくてもうまくなります。

 

これなら仮にレッスンを受けるとか、教材を使うということであってもうまくなりやすい。

 

 

なんか知らんけどうまくなった、という人はこのパターンが多いです。

 

 

 

ただ、これもやりすぎるとどんどん視点がマニアックになっていくから

 

誰かの音楽を否定的に見るようになったり、

答えのない音楽に答えを設定し始めたり、

自分の音楽に対しても厳しくなります。

 

 

楽器の扱いはうまくなったものの、孤独で寂しい。

 

というなんか満たされない状況が生まれます。

 

 

だから、基準というのはうまくやらないと怖い部分なんですよね。

 

 

だから、一度自分の基準を確かめてみてください。

こういう部分を考えたほうが練習量や練習法を考えるよりもずっと良かったりするのです。