昨日、麻雀ネタを書いたんだけど

20年無敗を支えるもの

久々に麻雀のことを思い出したので、今日も麻雀の話をば。

 

 

僕は麻雀を親父に教えてもらいました。

 

親父は大学生の頃、麻雀をやり込んで、最初は負けまくっていたらしいのですが、色々考えてやっているうちに無敗を誇った人間です。

流石に昨日の記事の桜井さんみたいに20年無敗とかではないけど、2年位は無敗だったみたいです。

 

それでも、当時の僕にとってはすごいことだったので、親父に教えてもらったのです。

 

 

当時は大学生だったんだけど、その時から麻雀人口は少なかったのです。

だから、プレステかなんかで麻雀のゲームを買ってきて、それを親父とやってました。

 

ゲームの場合は自分VSコンピュータになるから親父についてもらって僕がやったり、親父がやっているやつを観察して覚える、というやり方でした。

 

 

その中でよく、親父が言ってたセリフがあったのを思い出しました。

 

「あ、今はあかん時」

「お?これはえぇ時」

 

そして、それに対して然るべき対処を親父はしていました。

 

 

当時は「その「あかん時」「えぇ時」ってなんやねん」と思ったのでよく親父に聞いたのですが、

「ん?あかん時はあかん時や、これ、あかんやろ?」

「えぇ時はこんなときや」

という全く答えになってない答えが返ってきたので「なんやそれ」と思ったものです。

 

 

でも、人と打ったときにそれが氷解しました。

 

 

麻雀は一つ手持ちのコマ(牌(パイ)といいます)をとって一つ捨てる。

これを4人でぐるぐるやる。

そのぐるぐるやっている間に決められた役を作るわけです。

 

 

つまり、何を拾うかは運任せの要素が強いのです。(もちろん、ある程度推測することは可能)

 

だから、なんかやけに都合の良いものを拾ってくることもあれば、拾うものが全部自分の狙いの裏目に出ることもあるわけです。

 

そして、一回ゲームをやると1回は都合の良いものを拾って来る「流れのようなもの」がやってくることがある。

 

 

この流れのことを親父は言ってたんだと氷解したのです。

 

つまり、

れを見極めて、それに対処せよ

という教えだったんだと後から気づいたのです。

 

 

 

これ、実はギターやってても感じることがあるのです。

 

 

なんかしらんけど、指がうまく動かない時

なんかしらんけど、弾く気がなくなる時

なんかしらんけど、練習が報われないと感じる時

 

がある一方

 

なんかしらんけど、指めっちゃ動く時

なんかしらんけど、楽しくて仕方ない時

なんかしらんけど、やることなすことが人に認められる時

 

というのがあります。

 

 

これは何も努力不足とかそういうことじゃないんですよね。

 

 

そういう「流れ」なんです。

 

 

だから、そういうときには逆らわないのが一番。

 

 

激流の拳には逆らってはいけません。

柳の様にしなやかに、静水の拳で対応しないと痛い目に合うのです。

参考:https://fourleafguitar.com/dochigasuki/

 

 

だから、流れを見極めること。

自分が今、どんな流れにいるのかを見ようとすること。

 

これは意外に重要なのです。